カツンと響いた駒の音に、スザクは冷や汗を流した。
 静まり返る部屋。穏やかな日光と変わり映えのない自室に、ルルーシュは目を細めた。
 一体、どのくらいの沈黙が流れただろう。

「…待った」

 やがて静寂の中響いた言葉に、窓際の鳥は飛びたった。

「またか」

 もうこれで何度目だ。
 ルルーシュは進みの遅いチェスの番面を前にため息をつく。
 見ればスザクは至って真剣な顔をしていて。
 これでは余計な言葉もかける気にならない。

 「だってさ、これ難しくない?」

 今まで幾度となくゲームをしてきたルルーシュと比べられては困るとスザクは苦笑した。
 確かに戦況は圧倒的にスザクに不利である。
 ルルーシュならまだしも、スザクにこの戦況を変えるような一手が打てるのだろうか。
 仕方がないと、ルルーシュはため息混じりに言った。

「このくらい、なんとかしてみせろよ」

 スザクは仮にも軍人ではないか。
 そう言われると、スザクとしても言葉はなかった。

「なんとかって言われても…」
「そう何度も待てないぞ」
「ルルーシュのケチ。全く、少しぐらい待っても損はないと思うよ?」
「お前の少しはどの位なんだろうな、スザク」

 実際に先程から何度もスザクは待ったをかけていた。
 いい加減にその言葉にも飽きてくる。
 頬杖をついたルルーシュ対し、スザクは両手を膝の上に置いたままであった。
 雰囲気の違う二人に、やがてルルーシュが口を開いた。

「そもそも、チェスをしようと言い出したのはスザクからじゃないか」
「いや、ルルーシュの腕前が気になったからさ」
「それだけか?」
「それだけだったから今凄く後悔してるよ」

 情けない話であるが、このままでは大敗である。
 スザクは少しでも格好のつく負け方をしようと再度頭を悩ませた。
 既にルルーシュに勝とうなどとは思ってもいなかった。
 チェスをしようと提案したとき、何故ルルーシュが楽しそうな顔をしたのか今ならわかる。
 勝つ自信があったのだ。
 それは嘘ではなく、ルルーシュは強い。
 身をもって知らされたと、スザクはため息をついた。

「じゃあ、とりあえず考える」

 考えた末の一手もルルーシュはものの数秒で返してくるけれども。
 カツンという音と共に、無情に置かれた反撃の手。
 また追い詰められてしまった。
 置かれた黒い馬が、とても恨めしい。
 スザクはこれまでかと、脱力した。
 どう考えても最善の一手が思いつかない。
 諦めると、今まで見えてこなかったものが見えてくるようになるものである。
 スザクはふと、コマを操るルルーシュの手に目をとめた。

「ルルーシュって指綺麗だよね」
「なんだ。突然」

 思わぬ言葉に手を止め、ルルーシュはスザクを見る。
 スザクはほんわかとした笑顔で、笑って答えた。

「綺麗だなって思ったから」
「そうか?」
「うん」

 頷かれても、どうせ褒められているのは自分の手だ。
 自分自身のことなど、自分が一番わからない。
 そこまで褒められるものなのかと、ルルーシュは自分の手を見る。
 いつも通りの、あまり日に焼けていない不健康な手がそこにはあった。
 意味が解らないと、ルルーシュは話題を変えることにした。

「そう褒めても勝たせないからな」
「ルルーシュ、厳しいなあ」
「俺は大体こうだろう」
「…確かに」

 昔から負けず嫌いであった。
 今もそれは変わっていないのだろう。
 いや、それでも昔の方は可愛げのある意地っ張り程度だったかもしれない。
 そんなことを思いながら、スザクは仕方がないとため息混じりに盤面を見る。
 数手先を考えても無駄である。
 ルルーシュは自分の数十歩先まで読んでいるのであろうから。
 眉を寄せ、考え込むスザクの姿にルルーシュはふと視線を向けた。
 スザクは相変わらずである。
 どんなことにも一生懸命になるが、どこかずれている。
 それが、面白かった。
 愛しかった。
 ゲームよりも、こうしてスザクと盤面的にはつまらないチェスをしている方が面白い。
 そう見つめていたルルーシュに気づいたのか、スザクは顔を上げた。

「何か楽しい事でもあった?」
「なんでだ?」
「楽しそうだから」

 図星をつかれたと、ルルーシュは一瞬だけれど驚く。
 そんなルルーシュに、スザクは微笑んだ。

「ルルーシュが楽しそうにしてるのは良いことだよ」

 眉間に皺寄せるよりも。
 ルルーシュの笑顔はとても綺麗である。
 いや、ルルーシュは全てが綺麗であった。
 それは、惚れた弱みとかそういうものももしかしたら関係しているのかもしれない。
 単なる偏見かもしれない。
 だが、スザクの目にルルーシュが綺麗に写るのは事実であった。
 愛しい姿に、スザクは笑う。
 楽しげな笑顔の意味がわからず、ルルーシュは少し眉を寄せた。

「そんなこと言ってる暇があったら次を考えろ」
「これでも精一杯考えてるんだけど…」
「俺にはそう見えない」

 きっぱりと返され、スザクは目を丸くした。
 そう見えてしまっては仕方が無い。
 確かに、今はルルーシュに見惚れ次の一手のことなど忘れていたのだから。

「じゃあ見えるように頑張るか」

 腕まくりをし、スザクはチェスに思考を戻した。
 そして、また眉を寄せる。
 相変わらずのスザクの行動が面白くて、ルルーシュは微笑んだ。

「そうだな」

 その綺麗な笑顔は、チェスに集中しているスザクの目には入らない。
 ルルーシュは置かれた駒に数秒で次の手を出すと、またスザクが眉を寄せるのを見た。
 それが、とても面白かった。


















*ルルとスザクのお話です。
*とりあえずカプがよくわからなくなったのです…!(馬鹿)
*一話目のチェスをしているルルの姿が大好きです。
*ルルが好きです。